1 はじめに

埼玉県戸田市公立小学校の教員として勤務していた四條昇さんは、2007(平成19)年5月1日に心膜中皮腫で亡くなりました。

「中皮腫」は、アスベストに曝露しなければ罹患しないと考えられている疾病です。四條さんのご遺族は、昇さんが勤務していた喜沢小学校の階段室天井に使用されていたアスベストが原因で四條さんは亡くなったとして公務災害の認定を請求しました。

しかし、地方公務員災害補償基金埼玉県支部長は「公務外の災害」である、すなわち、四條昇さんが亡くなったのは、学校に存在したアスベストが原因ではないと認定しました。そして、その後に行った審査請求、再審査請求でも同様の判断がされました。

アスベストが原因であることが認められなかった理由は、「アスベストがあったことを直接示す証拠がない」ということでした。

たしかに、戸田市が保管する公的な資料には、「喜沢小学校の階段室天井にアスベストを使用した」という記載はありません。しかし、公的な資料に記載がないからといって、「アスベストが存在しなかった」ということにはなりません。

戸田市教職員組合の機関誌「つつみね」(1987年12月8日号)には

       「アスベスト問題」
       「喜沢小に一部使われていたので、除去した」

という記載がありました。

そして、この記載を裏付ける様々な証拠も存在しました(戸田市議会の議事録、日本共産党戸田市委員会が発行する「民主戸田」、当時の教職員及び生徒の証言、戸田市建築課長の証言等々)。

 

2 さいたま地方裁判所において勝訴判決

ご遺族は、司法に救済を求め、2016(平成28)年7月20日、四條昇さんの公務外災害認定処分を取り消させる裁判を当弁護団が担当して提起しました。

訴訟の主な争点は、これまでと同様、アスベストが階段室天井に存在したかどうかでした。

さいたま地裁第4民事部(志田原信三裁判長)は、階段室天井にアスベストが存在したことを直接示す証拠はないとしたものの、アスベストが存在したことを推認させる「つつみね」等の書証と証言を採用し、喜沢小学校にアスベストが存在したと認定しました。

その上で、四條昇さんにはほかにアスベストにばく露する機会がなかったことなどから、昇さんは喜沢小学校の階段室天井のアスベストから飛散したアスベスト粉じんにばく露した結果亡くなったと判断しました。

そして、地方公務員災害補償基金の公務外認定処分を取り消し、四條昇さんの公務災害を認めました。
原告勝訴の判決に対し、基金側は東京高等裁判所に控訴しました。

 

3 東京高等裁判所の不当判決

東京高等裁判所第9民事部(齊木敏文裁判長)は、2018(平成30)年8月29日、昇さんの公務災害を認めた第1審判決を取り消す不当な判決を下しました。

同判決は、第1審判決と同じく、喜沢小学校の階段室天井のアスベストの存在を認定しましたが、四條昇さんが(公務災害認定に当たって参照される)石綿労災基準の「石綿にさらされる業務」に従事したとは認められないと判断しました。

すなわち、「石綿にさらされる業務」と認められるためには、ばく露した石綿粉じんの濃度が、「クリソタイルのみのときには150本/L,クリソタイル以外の石綿繊維を含むときは30本/Lを超えるような作業環境」であったことが必要であるという独自の数値基準を立て、四條昇さんは、この基準に達するほどのばく露はしていないと認定し、「石綿にさらされる業務」に従事したとはみとめられないと判断したのです。

石綿の労災認定基準には、石綿による疾病がばく露から数十年経過してから発病することが多く、ばく露当時の石綿粉じん濃度など測っているわけがないため、数値的な基準は一切求めていません。東京高裁の判決は、労災認定基準に独自の数値基準を付加して、認定の範囲を著しく狭めて判断をしました。

ご遺族はこのような不当判決を取り消させるべく、最高裁判所に上告及び上告受理申し立てをしました。

しかし、最高裁第三小法廷は、令和元年5月24日、上告を棄却し、上告審として受理しませんでした。

 

現在、最高裁第三小法廷に継続しています。

 

2018(平成30)年8月29日、逆転敗訴判決(東京高等裁判所第9民事部・齊木敏文裁判長)

→上告、上告受理申し立てをしました

 

2016(平成28)年7月20日、勝訴判決を受けました。

→被告は控訴をしています。

弁護団声明

  1. さいたま地方裁判所第4民事部(志田原信三裁判長)は、本日、故四條昇氏(以下「昇氏」という。)の公務外災害認定処分取消請求訴訟において、原告勝訴の判決を言い渡した。
    埼玉県戸田市の公立小学校の教員であった昇氏が2007(平成19)年5月1日にアスベスト粉じんへのばく露を原因とする中皮腫で亡くなったことに対し、遺族である妻・四條延子氏は、昇氏の死亡が戸田市立喜沢小学校における公務の遂行に際してアスベスト粉じんにばく露したことに基づくものであるとして、公務災害申請を行った。
    しかし、喜沢小学校にアスベストが存在したことを直接示す証拠はない、という理由で認められなかった。
    本訴訟は、地方公務員災害補償基金に対し、この公務外災害認定処分の取消しを求めたものである。
  2. 本訴訟の主な争点は、昇氏の在職当時、喜沢小学校の階段室天井に仕上げ材としてアスベストが存在したか、そして、昇氏がそのアスベスト仕上げ材から飛散するアスベスト粉じんにばく露した結果として死亡したといえるかという点にあった。
    本判決は、階段室天井に仕上げ材としてのアスベストが存在したことを直接示す証拠はないとしたものの、アスベスト仕上げ材が存在したことを推認させる複数の書証及び証言を採用し、これらの証拠により、喜沢小学校にアスベストが存在したと認定し、これを前提として、昇氏にはほかにアスベストにばく露する機会がなかったことなどから、昇氏は喜沢小学校の階段室天井のアスベスト仕上げ材から飛散したアスベスト粉じんにばく露した結果亡くなったと判断した。
  3. 本判決は、公立学校教員のアスベスト被害について、全国ではじめて、公務上の災害であると判決において認めたものであり、学校現場において広く施工されていた吹付けアスベスト等の飛散性の高いアスベスト建材に基づく被害の適切な救済に向け、大きな意義をもつといえる。
    特に、1987(昭和62)年のいわゆる「学校(アスベスト)パニック」に際して文部省(当時)が調査対象としたのが、5種類の吹き付けアスベストの内、「吹付石綿」等の3種類に限定され、石綿含有吹付けバーミュキュライト等の仕上げ材2種類が調査対象から除外されるという極めて不十分な調査に留まっており、その結果として吹付けアスベストが存在したにもかかわらず、その存在を直接的に示す証拠が残らない事態も相当程度あったものと推定されるところ、本件においても、文部省調査の結果においては、アスベストは存在しないものとされていたが、文部省調査以外のその他の証拠からアスベストの存在が認定されている点が特に重要である。
    さらに本判決は、このようなアスベストばく露の事実が認定され、相当期間日常的に石綿にばく露したことがあれば、必ずしも詳細なばく露態様・濃度の立証まで必要とせずに、公務災害であると認定している点においても、先例的な意義は大きいといえる。
  4. 本判決を受け、弁護団は、今後、教員のみならず当時の児童・生徒にも増え続けることが想定される学校アスベスト被害の救済の実現に向け、引き続き尽力する決意である。

以上、声明する。

2016(平成28)年7月20日
埼玉学校アスベスト被害対策弁護団
団長 弁護士  南雲 芳夫