旧三好石綿(エム・エム・ケイ)訴訟のご報告

1 当事者
本件の被災者(昭和14年生まれの女性)は、昭和30年4月から昭和34年8月まで、被告旧三好石綿工業株式会社(現エム・エム・ケイ株式会社)大阪工場内において粗紡係として石綿製造作業に従事し、その結果、令和元年7月に肺がん及びびまん性胸膜肥厚にり患し、同年9月に肺がんを直接死因として80歳で死亡しました。
一方、被告は、大阪泉南地域において明治29年5月に設立され、紡織品の製造、販売を行っていましたが、三好石綿工業株式会社、三菱マテリアル建材株式会社と社名を変更し、現在のエム・エム・ケイに至っています。

2 訴訟に至る経緯
埼玉アスベスト弁護団は、遺族らから依頼を受け、泉南アスベスト最高裁判決に基づき、工場労働者のアスベスト救済を目的とした国家賠償請求訴訟を提訴し、国との間で約1440万円(原告一人あたり720万円)とする和解を成立させ、その上で、被告に対し、交渉を前提として損害賠償を求めました。しかし、被告が、本件被災者の死亡について安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことを前提とする協議を拒否したため、令和4年6月に約3800万円(原告一人あたり約1900万円)を求める裁判を、さいたま地方裁判所に提訴しました。

3 本件訴訟における主な争点
(1) 被災者の石綿ばく露状況
 弁護団が当初懸念していたのが、被災者の石綿ばく露状況の立証の点です。
労働局から取り寄せた労災資料からは、被災者が昭和30年4月から昭和34年8月まで被告会社に勤務していたこと、また昭和33年11月1日当時の従業員名簿から被災者が粗紡係であったことしか判明しませんでした。
 被告の工場における具体的な製造過程や石綿ばく露状況などは分からないため、当時の一般的な石綿紡織品の製造過程に関する資料を証拠とし、被告での石綿ばく露状況を主張しました。
 この点、被告は、原告らが主張した石綿ばく露状況については知らないと答弁しただけで積極的な主張をしなかったため、裁判所は判決書において争点として扱うこともなく、弁護団の主張したとおりの石綿ばく露状況を認定しました。
(2) 被告の安全配慮義務違反
 被告が、本件訴訟において繰り返し主張したのは、安全配慮義務に違反していないというものでした。被告は、国の責任が確定していたとしても、被告自身は一民間企業にとどまることを強調した上で、被災者の勤務期間において、石綿粉じんばく露による石綿関連疾患の予見可能性がなかったこと、局所排気装置を設置する技術的知見が確立していなかったと主張しました。
 石綿関連疾患の予見可能性や局所排気装置の技術的知見の確立時期については、泉南アスベスト最高裁判決において既に確定した事項です。また、使用者である被告は、国に先立ち、労働者の安全を直接的かつ第一次的な安全配慮義務を負うべき立場であるため、被告の主張は明らかに不当です。
 判決では、被告は、昭和33年5月26日の時点で、被災者を含む従業員が石綿粉じんにばく露することを回避する措置を講じることは可能かつ「容易」であったとし、明解に判断されました。

4 本件訴訟の特質や意義
石綿工場に局所排気装置の設置を義務づけなかったこという国家賠償法上の国の責任期間が昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までのところ(泉南アスベスト最高裁判決)、被災者が石綿製造作業に従事したのは昭和30年4月から昭和34年8月までであり、責任期間以前の無責期間が3年以上であるのに対し、責任期間における勤務期間が1年3ヶ月と短いものでした。
この点、被告は訴訟において特段主張をしなかったものの、判決では、1年3ヶ月のばく露自体が石綿関連疾患を発症させる危険性を有する行為であったことを理由に、責任期間とそれ以前の無責期間と競合したことをもって、被告の損害賠償責任を免責ないし減責する事情にはならないと明言しました。
 無責期間と責任期間の競合、特に本件訴訟では無責期間の方が2倍以上と長いことから、賠償金額を一定減額することも考えられますが、裁判所が被告の責任を減免しないと断言した点は非常に評価できるものです。
 また、本件訴訟においては、死亡慰謝料として2300万円、原告らの固有慰謝料として200万円が認定され、国からの和解金や労災給付金を差し引いても、原告一人あたり1400万円を超える支払いが命じられました。アスベスト被害の悲惨さを裁判官が十分に理解した上での認定であると考えています。

5 本件訴訟の確定と被告による謝罪
被告が控訴手続きをとならかったため、本件訴訟は第一審において確定しました。
また、確定後、被告が原告である遺族両名に対し謝罪の意を表するとの文言を含めた合意書を被告と取り交わしました。

6 さいごに
 本件は、被告(旧三好石綿)の工場労働者らのアスベスト被害に関し、安全配慮義務違反を認めた上で、被告に賠償を命じた初めての判決になります。
被告は、現在全国で係属中の建設アスベスト訴訟において、建設職人に対し賠償責任が認められたアスベスト建材メーカーの一つです。本件訴訟で被告の安全配慮義務違反が認められたことにより、建設現場の建設職人だけではなく被告の工場労働者のアスベスト被害者達についても救済の可能性が広がりました。
埼玉アスベスト弁護団員として、今後もアスベスト被害救済のために活動を続けたいと思います。

 

2023(令和5)年9月20日に言い渡された原告勝訴の判決が確定し、解決に至りました。